ASAYAN管理人日記
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2004年6月1日(火)
上海取材日記〜中国のリニアモーターカーあるいは、大丈夫か? 日本
帰国の日。
ホテルまで案内サービスの陳さんが迎えにきてくれた。
リニアモーター・カーに乗りたかったので、
空港ではなく、駅まで送ってもらうことにする。
日本のリニアモーター・カーは一向に進展する気配がないな〜と思ったら、
中国に先を越されてしまった。最高時速460K。
上海郊外の駅から浦東空港まで、約32Kの距離を8分で走る。
共産主義国・中国では土地の個人所有は認められていない。
つまり、このリニアモーター・カーも、
その気になれば空港まで一直線で結ぶことも出来る。
しかし、実際にはいくつかのカーブが作られている。
聞いた話では、いろんなカーブをわざと作って、
そこで走行実験をしているという。
乗客から金を取って列車を走らせて、
そこでいろんなデータを取っているということだ。
こ〜ゆ〜話とか、
韓国の仁川空港の高速道路の建設費を償却するまでは、
鉄道を通さないという話などを聞くと、
日本の政府はずいぶんと国民に親切だとは思うが、
逆に、ここ1番という時には、韓国や中国政府くらいの
乱暴なことをやらないと、あっという間に追いつかれてしまうように思う。
そんなことを考えるヒマも無く、浦東空港に着いたのだが、
巨大な浦東空港の建物の、高い高い天上から、
サムスンの携帯電話の広告がズラリとつり下げられているのを見て、
本気で日本の行く末が心配になってしまった。
2004年6月2日(水)
娘の部屋がなくなる日
上海から帰ってすぐ部屋の模様替え。
娘がイギリスに行ってしまったので、不要になったものを処分する。
ベッド、勉強机、ピアノ、本棚など、、、、
それぞれ思い出深いものばかりだが、置いておいてもしょうがないので処分することにした。
普通、このような場合は、子供部屋はそのままの状態にしておくものらしいが、
あいにく、僕にはそのようなメンタリティはない。
#ついでに、妻にも娘にもない (>_<)ゞ
娘の部屋がスッカラカンになったおかげで、
溢れかえっていた書籍やCDや資料、機材などの置き場が出来てウレシイ。
家がすっかり広くなった。
逆に言えば、子供のモノとは意外と多いことが分かった。
2004年6月4日(金)
韓国取材日記第五弾〜またまたキムさんとメシを食う
韓国に行く。
今回の取材は、韓国最大のコンサートである「F*コンサート」の取材。
コンサートは土曜日なので、ちょっとキツイが前日入りする。
都合で、コーディネーターのリーさんは翌日入りになったので、
一人でホテルにいてもしょうがないので、キムさんに連絡する。
上海で一緒だった、自転車に乗った風景のスタッフのキムさんだ。
仕事終わりで食事することになった。
上海でず〜と一緒で、ソウルに来ても食事して、
今週はず〜とキムさんと一緒である。
夕方、合流する。
メンバーはキムさん、キムさんの友だちの韓国音楽業界人のAさん。
日本の音楽業界人のBさん、そして僕の4人。
行きつけのカルビ焼きの店で食事する。
Aさんは業界人らしく、韓国芸能界の裏話をよく知っている。
性格の良い好青年なので、アーティストも安心していろいろ喋ってしまうのだろう。
おもしろいネタがいっぱいなので、それを本にしましょうと言うと、
そんなことをされたら、誰が喋ったかすぐに分かるので、
僕は業界で仕事が出来なくなるのでやめてくれと泣くので、書かないことにする。
ホントにおもしろい話なのに書けなくて残念だ(泣)
Bさんとは、韓国アーティストが日本でやる場合も、
韓国語で歌うべきというところで意見が合い盛り上がる。
日本の音楽業界のマーケティング的問題点に付いても盛り上がる。
この業界で、ちゃんとしたマーケティング的な話が出来る人は
意外と少ないのが、けっこう楽しい議論ができてうれしかった。
明日は大きなコンサートがあるんですよ〜と教えてあげたが、
大事な会議があって、帰らなければならないと残念がっていた。
土曜日なのになんで会議が、と泣いていた。 (^_^;)
2004年6月5日(土)
韓国取材日記第五弾〜F*コンサートに行く
リーさんが到着するまで本を読んだりしてホテルの部屋で過ごす。
昼過ぎ、リーさん到着。
さっそくF*コンサートの会場であるオリンピック・スタジアムに行く。
スタジアムでレポーターの酒井美絵子ちゃんと合流。
神話、ムン・ヒジュン、イ・ヒョリ、東方神起、ピ、NGR、ジュエリーなどなど、
ホントに韓国のトップスターばかりが出演する豪華コンサート。
会場の警備もいつも以上に厳しい。
プレス受付でプレス・カードをもらうが、今日は楽屋でのインタビュー厳禁!!
と、しっかり釘を刺されてしまう。
この時点で、酒井美絵子ちゃんの出番がなくなってしまった。
可哀想だがしょうがない。
会場はすでに満杯で、韓国名物のファン同士による応援合戦で盛り上がっている。
この日の模様は、ウェブで記事を書くのでそちらをお楽しみに。
会場でまたまたキムさんに会ってしまう。
コンサート終了後、神話のペンミ(ファン・ミーティング)があるというので参加する。
オリンピック・スタジアム近くの体育館で行われたのだが、
もちろん、会場は神話のファンでいっぱい。
23時を過ぎて、大きなコンサートに出演した後だというのに、
こんなファンクラブ・イベントまで開いて、
ホントに韓国の芸能人はよく働く。
トークがあって、2〜3曲歌ってペンミはおしまい。
その後、8人くらいでウォンビンのお姉さんがやってるというオデン屋(!?)に移動。
味はまあそれなりだが、ソウルでは唯一の本格的日本式オデンの店ということらしい。
お姉さんが挨拶に来てくれて、ウォンビンのファンだったら感激したかも、、、、
2004年6月6日(日)
韓国取材日記第五弾〜Mayaの社長とメシを食う
昼間は完全にオフ。
CDショップに行ったりしてのんびり過ごす。
夕方、Mayaの事務所の社長さんのご招待で、
夕食をご馳走になりにシェラトン・ウォーカーヒルに行く。
Mayaは二枚目のアルバムを出したばかりで、
売れ行きを聞くと、前作よりちょっと動きが悪いという。
韓国でのMP3問題はホントに深刻だと嘆いていた。
今回のアルバムはラテン・ロックをやっていて、
たぶん「クーラゲ」のヒットに影響されたものだと思うが、
1枚目のようなストレートなロックが好きな僕は、
前作の路線に戻してくださいよ〜とお願いしておいた。
ラテン・ロックも嫌いではないのだが、
Mayaがそれをやると、とても芸能チックになって
あまり得策ではないと思うのだ。
あと、昨日のF*コンサートでのステージが素晴らしかったとほめると、
観客は神話とか大スターのファンばかりだから、
Mayaが最初に出てきた時は、反応がいまひとつだったけど、
ステージ終盤は完全に客を惹き付けていたからねえ、
とうれしそうに語ってくれた。
ホントにMayaのステージ支配力は素晴らしい
社長は、昨今の日本での韓流ぶりが気になるようで、
日本デビューしたk-popアーティストの動向を質問してきた。
まあ、これからですね〜と適当に答えておいた。
お土産に持ってきた「カルメン・マキ・ライブ」のCDも渡した。
もう30年くらい前のアルバムで、ライブだから音もよくないですが、
日本の女性ロッカーで、いまだに彼女を越える歌手は出てません。
そう解説すると興味深げにしていた。
Mayaには、ぜひともカルメン・マキを越えるロック歌手に育って欲しい。
そう伝えると、社長は満足げに頷いていた。
2004年6月7日(月)
韓国取材日記第五弾〜いろんな人に会って忙しかった
韓国文化コンテンツ振興院、略称KOCCAの日本担当官とランチ・ミーティング。
五月に東京でお会いしたK氏である。
ミーティングといっても雑談みたいなもの。
日本進出したk-popアーティストの話、
韓国コンテンツが日本進出するための要件などブリーフィングする。
来年はド〜ンと予算をとって日本でもコンサートやりましょうよ!!
と頼んでおいた。
お土産にK氏のお勧めCDをたくさんもらった。
その後、とある事務所に遊びに行く。
韓江の北側に位置する高台にその事務所はあった。
もともと在韓米軍の高級将校のためのハウスがあった一帯らしく、
韓江の景色が一望に見渡せる高級感溢れる住宅地だ。
ソウルの高級住宅地としては清潭洞が有名だが、
そちらよりず〜と高級な感じである。
芸能事務所も清潭洞に構えるのが一般的だったが、
最近はこっちに引っ越してくる事務所が増えているという。
イ・スヨンさんの事務所も最近、近所に越してきたという。
東京ではちょっと望めないロケーションで、うらやましい。
その後、ドラマ「パリの恋人」を制作している会社に遊びに行く。
去年の八月に兄弟の契りを結んだリー兄貴が副社長を務める会社だ。
初回放送の視聴率がよかったのでリー兄貴も社長も機嫌が良い。
冬ソナやペ・ヨンジュンのうわさ話をした後、
考えているドラマ企画の概要を話すが、反応がいまいち。
韓国人の心情というものを、まだまだ掴みきれてないことに反省。
その後、オンライン・ショップのサンガ・レコードに行き、
社長に最近のお勧めCDを選んでもらう。
30枚くらい選んでくれた。もちろん、全部買う。
サイン入りCDとか貴重盤もたくさん入っていてうれしかった。
2004年6月8日(火)
韓国取材日記第五弾〜帰国
夕方、六本木でプレゼンが入っていたので、
朝の早い便で帰国する。