ASAYAN管理人日記
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2004年1月15日(木)
韓国系企業から取材を受ける
某韓国系企業の広報誌から取材を受ける。
今年の1月1日から、韓国では第四次日本文化開放が実施され、日本の音楽が開放された。
#音楽だけではなく、ドラマが制限付きなど、他にも開放されたものがあるが、、、
いままでは、韓国では日本の歌をテレビで歌ったり、CDを販売することができなかった。
コンサートも2000人以下の室内会場でのみOKだった。これらが撤廃され、
ようするに、これまで厳しく規制されていた日本の音楽が、ほとんど全面開放されたというわけだ。
で、この文化開放によって日韓の音楽シーンがどうなるか? という取材だったのだが、
僕の意見としては、開放されたからといって、すぐにどうにかなる訳ではないということ。
もちろん、韓国の若者の間で日本の音楽はけっこうな人気だし、
それが開放されたことで、多少は交流も活発になるだろうが、
開放以前から、露店では日本のCD(違法コピーだが)が平気で売られていたし、
ネットでも多くの情報が流れていたので、けっこう最新の日本音楽を知っていた。
逆に言えば、開放されたからといって、新しい情報がどっと押し寄せるワケでも無い。
しかも、そもそも全体的に言って、韓国のポップスの方がレベルが高いから、
韓国人がわざわざ日本のアーティストのCDを買う理由もない。
買う理由がある一部のアーティスト、安室とか宇多田とかMisiaとかのCDが、
普通のCDショップで合法的に買えるようになるだけなのだ。
一方、韓国アーティストが日本で爆発的に売れるようになるワケでも無い。
日本政府は韓国音楽を制限していたワケではないから、
日本でもK-POPのファンはいままでもいたし、徐々に増えてはいたものの、
多くの音楽ファンはK-POPに興味を持たなかったワケだから、
文化開放を機に、韓国モノでも聞いてみようかという人が急に増えるワケも無い。
まあ、そんなわけで、文化開放の効果に対しては僕は懐疑的だが、
全然効果がないとも言えないので、もちろん喜ばしいことではある。
それより問題なのは、心理的な壁だろうな。
K-POPはあんなにおもしろいのに、韓国というだけで遠ざける人もまだまだ多い。
音楽なんだから聞いてみて判断して欲しいが、聞くチャンスが少なすぎるというのも事実で、
チャンスを増やすために、もっといろんな仕掛けをする必要がある。
韓国系企業に望みたいのは、そんな動きをサポートしてくれることなのだが、
あんまり韓国色をだしたくない企業も多いようで、理由は分かるけど、
そこを取っ払って韓国文化を流行らせたほうが、これからは得策だと思うけどどうだろう?
2004年1月22日(木)
ロンドンのK氏が来日
ロンドンからK氏がやってきたので都内のホテルでお会いする。
K氏は、劣化ウラン弾追及活動を続けている日本人で、
ロンドンを拠点に、ヨーロッパ各国で活動している。
本職は音楽プロデューサーで、あのライブエイドのプロデューサーでもある。
他にもミック・ジャガーからロイヤル・フィルハーモニーまで幅広いジャンルで仕事されている。
今回も別件の仕事で来日というか、帰国されたのだが、
僕が娘をイギリスに留学させることになって、イギリスでは外国人留学生には
ガーディアンという親代わりの人間をつけることが義務づけられているので、
そのガーディアンをK氏にお願いすることになったので、
娘と嫁と一緒に、ご挨拶したという次第なのだ。
でも、まあ、けっこうな大物プロデューサーであるK氏と、せっかく東京で会えるのだから、
プライベートなコトだけで終わらせるのももったいない。
K-POPアーティストのコンピCDとDVDを作ってK氏に渡しておいた。
ロンドンでもK-POPを流行らせたいと思ってるから。
日本でのK-POP普及活動がもう少し目処が立ったら、
ロンドンにK-POPを持ち込み、ヨーロッパで流行らせたいと思っているが、
やはり現地で活動しているプロデューサーの協力がどうしても必要なので、
日本人であるK氏が興味を持ってくれるとホントに助かる。
気に入ってもらえればいいのだが、
はたしてロンドンで韓国の音は通用するのだろうか?
2004年1月25日(日)
なっち卒コンに行く
安倍なつみの娘。卒業公演
ASA板の住人さんたちのおかげで、昼・夜公演に参戦できることになる。
ホント、ありがたい
月曜日は朝から横浜方面で用事があるので、横浜アリーナの近くに泊まることにする。
昼公演のチケットを分けてくれるtaさんとは14時にホテルのロビーで待ち合わせ、
なのだが、出かける前にバタバタと雑用を片づけていたらすっかり遅刻してしまった(汗)
20分遅れてホテルに到着。挨拶もそこそこに、荷物をクロークに預け会場に向かう。
15分ほど遅れて昼公演開始。
ハロプロのメンバーが次々とステージにたつのはいつもどおりだが、
今日は、ハッキリ言ってちゃんと見る気にならない。
途中のゲーム大会など、とっとと終わらせろという気になる。
そう、誰が出てきても、今日は前座でしかなく、
ほとんどの観客がそうだったと思うが、ただひたすらに、なっち登場を待つだけ、
他のハロプロ・メンバーのステージは、早く終われという気持ちでしか見ることが出来ない。
どんな構成にしたって、とりあえずハロプロとしての体裁を整えておきました、
というふうにしか見えない。
やっぱり卒コンは娘。単独でやるべきだったと思う。
松浦亜弥のステージが、それなりに盛り上がりを見せて終わった後、
ようやく娘。登場。そしてなっちのソロ。
22歳の私を歌って、ふるさとを歌って、最後はハロプロ全員で「でっかい宇宙〜」を歌って、
なんだか手順通りに終了。それなりに盛り上がったが、こんなんでいいのか? という疑問も。
夜公演がちょっと不安になる。
今日は泣かないで、笑顔でステージを終えようと思ってます。
そういったなっちは、ホントに笑顔でステージを終えた。
昼公演後、ホテルでちょっと休憩して「しょい!」に参加するために河辺に向かう。
どうやってみんなを見つければいいんだろう?とか思いながら歩いていると、
住人さんたちに次々と合流。無事、集合場所についた。
夜公演のチケットを手配してくれた仁さんたちとも合流。
ホント、このチケットだけは業界関係者でも無理と言われていて、
僕も正直、あきらめていただけにホントに感謝!!
100人くらいは集まっただろうか?
多くの住人さんたちと輪になる。掛け声係りを仰せつかったので円陣の中心に入る。
なにか一言と言われたので、ついつい、なっち推しであることを表明。
ここで表明しておかないと、二度と宣言するチャンスがないと思ったしね。 (^^;)
100人による盛大な「しょい!」が終わり、横浜アリーナに向かう。
会場前は異様な熱気で爆発寸前。
翌日の新聞によれば、入場できなかったファン5千人が会場を取り巻いていたとか。
これって、東京・国際フォーラムで開かれた「拉致被害者を救う会・国民集会」以来の出来事か、、、
コンサートの模様は掲示板でも住人さんたちがアップしているので見て欲しいが、
ゲーム大会もなく、ハロプロの他のメンバーのステージもサクサク終わらせて、
あきらかに卒業公演仕様のプログラム。
1時間ほどで他のメンバーのステージがすべて終わり、いよいよ娘。登場。
そして、いったん裏にひっこんだ後、なっちが一人で登場。
その時、会場の客席はサイリュウムの白い光に埋め尽くされていた。
絶句するなっち。しばらく動けない。そして静かに花道を歩く。
最先端まで来たなっち、それでも言葉が出てこない。
今日は泣かないで、笑顔で。昼公演でそう言ったなっちが泣いている。
長い、長い沈黙が続く。
それは、ファンにとって、とても幸福な時間だったと思う。
モーニング娘。として6年。オーディションから含めれば7年。
本当に頑張って、いろんなことがあって、ファンもそれを支えて、
その7年があったからこその、この至福の時。
生きることとはどういうことか? そのことをホントに実感した時だった。
やがて、なっちが、ようやく言葉を発した。
「白〜い」
そう、会場は白一色だったんだよ。
みんなが、会場を白一色に埋め尽くすために7年かかったよ。
その間、なっちがどれだけ頑張ったか、ファンはみんな知ってるよ。
だから、あの時、会場にいたみんなは、白いというなっちの一言が、
どれだけの重みが、思いが、込められていたか知っていたよ。
だからみんな感動したよ。
時を紡いで紡いで、ようやく言える一言がある。
そのことを、今日、僕らは確かめることができたよ。
なんのために僕らは生きているのか、
なんのために、僕は音楽を仕事にしようとしたのか、
そのことを思い出させてくれた。
それは、間違ってないんだよ。
そんなメッセージを、僕はなっちから受け取ったのだ。
2004年1月29日(木)
Sugar、お披露目ライブに行ってきた
韓国を代表する美少女グループのひとつ、Sugarが2月4日に日本デビューする。
というわけで、業界向けお披露目ライブがあったので行ってきた。
新聞報道によれば、約300人の業界関係者が集まったという。
4人が登場して、まずアカペラで1曲。
このあたり、並のアイドル・グループとは違うぞ!! ということを、
最初にハッキリ主張しておきたかったんだろうなという感じ。
次に「こころの詩」、デビュー曲の「GO THE DISTANCE」と続き、
他3曲を歌い、最後に再び「GO THE DISTANCE」を歌った。
もちろん、全曲、口パクなし。生歌である。
二度目の「GO THE DISTANCE」を歌っている時、
アユミの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
日本で生まれて日本で育って、ふとしたことから韓国でデビューすることになって、
そうして、また日本に戻ってきて、韓国で得た素晴らしい仲間とステージに立っている。
他のメンバーとは違った感慨が、アユミの胸に押し寄せてきたのは当然だろう。
韓国では、4人の中でアユミの人気が群を抜いている。
Sugarの人気=アユミの人気だという人さえいる。
その理由は、アユミのたどたどしい韓国語にあると言われる。
テレビ番組で「お元気でしてください〜」と挨拶し、
「子犬」と言うべきところを「犬畜生」と言って爆笑をかう。
そんなつたない韓国語が視聴者にバカ受けして人気者になった。
しかし、それはアユミの本意ではなかったはずだ。
日本で生れ育ったから韓国語が出来ない、
芸能界デビューが決まってから必死に勉強したけど、
流ちょうにしゃべれるようになるには時間が足りなかった。
そのために、伝えたいことが上手く伝えられないだけなのに、
言葉がつたない、変な韓国語だという理由で人気が出る。
そんな状況に憤りを感じることもあったらしい。
韓国人は、自国の言葉に厳しい国民で、特に在日同胞には厳しいという。
日本人が少しでも韓国語を話すと「お上手ですね〜」とほめるが、
在日韓国人に対しては、容赦なく発音矯正をするとも言われる。
同胞なのに、まともに韓国語も話せないのか? という目で見られるので、
在日韓国人が韓国に行くとかなりキツイという話も聞く。
そんな韓国で、在日三世のアユミがテレビ番組でつたない韓国語を話す、
それをみて視聴者が笑うというのは、けっこう複雑な背景があるのだ。
アユミが自分の人気を素直に喜べなかった(らしい)のも理解できる。
しかし、昨年リリースされた韓国での第二集アルバムは
音楽的にも評価が高く、セールス的にも成功した。
同世代のガールズ・グループとしては完全にトップの位置を確保した。
そして、日本デビューである。
Sugarの日本デビュー・アルバムのタイトルは「Double Rainbow」
日本と韓国を結ぶ架け橋という意味も込められている。
BoAはすでに架け橋になっているし、3月にデビューするJEWERLYにもそうなって欲しい。
そして、まもなく日本にやってくる、韓国の宝ともいうべきイ・スヨンにもそうなって欲しい。
でも、架け橋という言葉が最も相応しいのは、アユミを擁するSugarではないか?
日本で生れ育ったアユミが、韓国から素敵な仲間を連れて帰ってきた。
Sugarはこれからデビューするわけで、日本ではまだスタートもきっていない。
それでも、アユミは、この日、ひとつのことをやり遂げた。
「GO THE DISTANCE」とは「〜をやり遂げる」という意。
この曲を歌うアユミの瞳がウルウルしてたのも理解できるような気がした。