ASAYAN管理人日記

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2002年3月29日(金)  キム・ミョンガン先生と韓国ネタで盛り上がる

ASAYANプロデューサーの一人、大平氏と晩飯を食う。
「ASAYAN終わって、何するのよ〜?」というのが主な話題。
「いろいろ考えてアイデアはいっぱいあるんですけど、、、」
ということで、いろいろアイデアを聞く。
その中で、テレビじゃ難しいけど、ウェブ向けだよねって企画を発見!!
「それ、asayan.comでやろうよ!!」
ってな話をしていたら、ヨメから携帯に連絡が入る。

僕が南青山で大平氏と食事している間、
ヨメは性人類学者のキム・ミョンガン先生とエロ話、もとい、
現代日本の性文化について語っていたのだ。フランス料理を食べながら。

#ちなみにこの間、実娘は家で自炊。ひどい親かも、、、(>_<)ゞ

で、その食事もそろそろ終わりそうだから迎えに来いとのこと。
そそくさと迎えに行きました。

キム先生と嫁は旧知の中で、昨年、ある新聞社の対談をやったのだが、
その内容のあまりのお下劣さに(?)対談原稿がボツになったらしい。
そんな話を聞いていたので、おっかなびっくりで迎えに行ったのだが、
これが初対面の僕にとっても優しく接してくれて、ビンテージ・ワインを勧めてくださった。
このワイン、実娘の生まれた年のもので、こういう人のもてなし方は大好きだ。
キム先生、かなりのエンタメ野郎である。

その後、キム先生を渋谷の駅までお送りする。
当然、クルマの中では最新の韓国ポップスをお聴かせして車中、大いに盛り上がる。
(キム先生は在日韓国人ですから)
さらに、
「イ・ヨンエ様は世界で一番美しい女優。あの美しさは、今の日本人女優では表現できないよね〜」
というところで意見が一致してさらに盛りあがった夜だった。

注)イ・ヨンエ=韓国のトップ女優。日本では映画「JSA」で有名に。
  あの凛とした美しさには思わず「様」付けで呼ばずにはいられない。

2002年3月30日(土)  ヒルトン・シスターズは怪しい

「世界痛快物語!!運命のダダダダーン!こんな大金持ちみたことない!!スペシャル」を見る。

#録画。昨夜は外出のため見れなかったので

最近、やたらとテレビ(CXだけか?)に登場するヒルトン・シスターズ、
なんだか怪しくないか??
ホントに、ヒルトン・ホテルのオーナーの娘なのだろうか?
まあ、あれだけ派手にパブリシティやってるのだから、ウソだったらヒルトン・ホテルも黙ってないだろうし、
でも、あの姉妹には叶姉妹と同じ臭いを感じてしまうのは僕だけでしょうか?

怪しいと感じる根拠はいろいろあるけれど、
最も腑に落ちない点は、不自然なくらい華美にふるまうところ。
洋の東西を問わず、代々の金持ちというのは意外と質素なもので
子弟教育も普通の家庭より厳しい思うけど、まあ何事にも例外はあるもので。

ヒルトン・シスターズのネタ以外はおもしろかった。
昔のお金持ちの話、けっこう好きなんですよね。
大倉喜八郎氏のエピソードなど最高!!
90歳を超えて3千メートル級の山(南アルプス)に行きたいと言い出して、
500人ものスタッフが苦労して大倉氏を山頂まで連れていく話。
山登りの最中も普段の生活がしたいという大倉氏のために、
風呂桶をかついで上がるは、豆腐を食べたいと言い出しては麓から豆腐職人をさらってくるは、
山頂では花火まで打ち上げたりして、
しかも、大正15年くらいの話なのに映像(動画)が残っていて、つまり撮影班まで同行させて、
周囲の人間にとっては迷惑千万な話なのだけど、でも結果として迷惑を越えた楽しさを人々に与えていた。
記録映像を見ても、同行したスタッフが山頂で楽しそうに弁当を食べている。
あの時代、庶民が三千メートルもの山に登る機会などなかっただろうし、
そんな山頂で弁当食べながら花火大会が見れるなんて、そりゃ楽しいに決まっている。

我が侭でどうしょうもないし、周囲に迷惑をかけるけど、
でも、結果としてとても楽しい体験を人々に与えられる。
エンターテインメントってそういうことだと思うし、
昔の大金持ちは、ちゃんとエンターテインメントしていたと思う。

ヒルトン・シスターズに求めることもこういうことなので、
日本のリサイクル・ブティック程度と同程度の値段のものしか置いてない店で買い物するところなどみせられてもねえ、、
結局、ヒルトン・シスターズの贅沢って、バブル期の日本人がやっていたこととそう大差ないわけで、
世界のヒルトンを背負ってるわけだから、日本人には発想もできない金持ちらしいバカをやってくれることを望みます。

2002年3月31日(日)  ASAYANが放送されない日曜日

雷電為右衛門千秋楽を見る

って、雷電はどうでもいいのだが、問題はASAYANが放送されてないってこと。
こうやってASAYANが放送されていた時間帯に他局の番組を“気兼ねなく”見ていると、
ホントにASAYANって終わっちゃったんだな〜と実感する(しみじみ)。

僕はいろんな立場でASAYAN立ち上げの頃から関わっていて、
「浅草橋ヤング洋品店」の1回目のスタジオ収録も見に行っているから、
ホントに10年、ASAYANと関わってしまったことになる。
雑誌「asayan」も立ち上げたし、こうやってウェブの運営も任せてもらったし、
番組自体のプランニングに参加していた時期もある。
その他、多くのプロジェクトにも参加させてもらって、
勉強もさせてもらったし、貴重な体験もさせてもらった。

この間、プロデューサーやディレクターを始め、数多くの関係者が入れ替わり、
結果、最初から最後まで関わった関係者というのは僕以外にはいないわけで、
それだけ、10年というのは長い時間だったということなのだと思う。

もちろん、この10年、欠かさずASAYANのオンエアを見ていたわけではない。
出張とかプライベートな用事でオンエア時に自宅にいないことも多かったし、
そんな時、毎週毎週ビデオに留守録して見ていたわけでもない。
それでも日曜夜9時に自宅にいるときは自然とテレビ東京にチャンネルを合わせていたし、
裏番組で見たい番組があるときでも、たいていは裏はビデオ、表は12チャンネルとなっていた。
見ることができない時も、何となく気にはなっていたりした。

そういう気分で10年も過ごすと、何かが体にしみ込んでいるようで、
今夜のように、何の気兼ねもなく日曜夜9時に他局の番組を自宅で見る、
という行為にはホント、不思議な違和感と解放感を感じてしまった。
だからどう、ということもないけれど、先週の最終回を見たときには感じなかった、
10年という年月の重さ、まだまだやれることがあったんじゃないか?という後悔の念、
そして不思議な孤独感。ホントにASAYAN、終っちゃたんだね、、、、

ところで、「雷電〜」でやっていた日韓在日合同プロジェクトのラストソング、
韓国の会場に5千人もの人が集まってちょっと感動してしまった。
こ〜ゆ〜の、ホントはASAYANでやるべきだったのはないだろうか?


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