シャ乱Qつんく命名・プロデュース
12/19 ON AIR



第8弾シングル「恋のダンスサイト」
2000年1月26日リリース大決定!!

そんな中、前回お伝えした、突然の石黒彩脱退のお知らせ。オーディションから3年。オリジナルメンバーとして手売り5万枚の試練を克服。ここまで娘。を支えてきた確固たる原動力のひとりです。更に、タンポポの一員として個性的なポジションを担ってきました。そんな彼女が、今回自ら脱退を決意。前回、スタジオに登場し本人の口からその理由が語られました。服飾デザイナーとして第2の人生を歩む、それが彼女の脱退理由だったんです。

収録後、ナインティナインや他の7人は控室へ。石黒だけが残り、ファンへ向けてのメッセージを、ということに。控室に戻る7人、安倍はまだ泣き続けます。そして他のメンバーも…。そして一方の石黒、これがテレビという媒体を使ってはファンへの最後のメッセージです。

石黒「私、石黒彩は1月7日、大阪の『Hello!Project』のコン
   サートを最後に“モーニング娘。”“タンポポ”を脱退する
   ことになりました。えっと、短い間でしたが、考えた結果、
   デビュー前に夢見ていた服飾やデザインの勉強などをもう一
   度、うん…、し直そうと思っています。そして、たぶん、今
   『LOVEマシーン』がミリオンを、モーニング娘。の中では
   始めて記録したりとか、ビデオも好調だったり、いろいろな
   ことが今一番良い状態で進んでいるので、この絶頂期に辞め
   るということは、本当の気持ちは、もしかしたら私の中でしか分からないのかもしれま
   せんが、今の私にとっては服飾の道に進むのがベストです。本当に長い間、デビュー前
   からASAYANの皆さんにもお世話になって、大勢の、私を応援してくれたファンの皆さ
   んや、スタッフの方々には、本当に、ちゃんとお礼も出来ないまま脱退の形になって申し
   訳ない気持ちもありますが、本当に自分の好きな道へ進むことなので、どうか皆さん応
   援して下さい。どうも今まで有難うございました」


その後、スタッフの「言い残すことない?」と言う発言に、

石黒「言い残すことですか?うーんと…、いろんなお世話になった人に、愛してます(笑)
   それだけです(笑)」


そして控室に残った7人は…

安倍「初めて彩っぺのいない空間になって、もうボロボロ涙出てきちゃって…。
   なんか…、本当に脱退しちゃうんだなぁって、初めて感じました」
飯田「“モーニング娘。”“タンポポ”っていう石黒彩は、まぁ最後かもしれないけど、
   まだまだこれからだし、まぁすごく、自分で輝ける道を今歩もうとしてるんで、
   応援したい、かな」
矢口「ほぼ毎日いたのが多かったから、やぱっり寂しいって言うのか…。でも今日のスタジオ
   で、彩っぺはみんなの涙を見ても泣かなかったじゃないですか?意志がホントに固まっ
   たんだなぁって思って、そこまで固まったんなら、ウチらも応援してあげることが出来
   るし」
保田「うん…。辛いですね…。うーん…。出来ることなら辞めて欲しくないけど、でももう、
   彩っぺが、やりたいことを見つけて、決めたことだから」
市井「やっぱり辞めて欲しくないって言う気持ちはスゴイいっぱいあるけど…。でも、彩っぺ
   にとって、その、服飾って言うのがすごい楽しいことで、自分にとってすごい気持ちが
   リラックスするんだったら、いいかなぁって思うし。やっぱ、彩っぺと過ごせるのが後
   1ヵ月ぐらいしかないんで、彩っぺと過ごす時間を、過ごせる時間を、大切にしていき
   たい」
後藤「嫌でしたね…。ショックでした…。短い間、いろんなことを話してきたから。やっぱ、
   分かんないことあったら教えてくれてたし、うん…。いなくなんないで欲しい」
中澤「もう、明日香の時に、こういうことは絶対ヤだって、みんな思ったし。たぶん彩っぺも
   そう思ってたと思うし。まさか本人も、自分が次の年迎えるときにはモーニング娘。
   じゃなくなってるなんて考えてなかったと思うんですけど。そうですね、また1人いな
   いんですね…。見ることは出来ないけど、ずっと一緒にいるし、あの子がしてくれたこ
   ととか、一緒にしてきたことは消えないから。そうですね、来年2000年はお互いに
   成長できる年に…。うーん、でもヤだな、やっぱり。一緒に、うん、今年もヨロシク
   ねって言いたかった。でもがんばります」


思いも寄らなかった『石黒彩脱退』で幕を閉じることになった
1999年のモーニング娘。

今夜、彼女達の怒濤の1年を大検証!
未公開映像満載で送る、モーニング娘。1999大総決算スペシャルです!!






1999年1月。福田明日香脱退。

12歳でオーディションに参加。抜群の歌唱力と、年齢にそぐわない存在感でモーニング娘。をリードしてきた福田。そんな彼女の脱退表明という思わぬ事態から1999年は始りました。2月には福田最後のシングル「Memory青春の光」をリリース。オリコン初登場ランキングは第2位でした。そして4月18日、そう、この日がモーニング娘。としての福田の最後の日。この日を最後に、彼女はモーニング娘。を卒業していきました。

7人となった彼女達は、翌5月の12日に第5弾シングル「真夏の光線」を発売。この曲はオリコン初登場第3位でした。そしてこの曲のP.V.、実は撮影時に飯田の身にこんなことがあったんです。

飯田「熱射病で倒れた。熱くって頭がぼーっとして。P.V.も具合悪そうな顔し
   てて、よく見ると変な顔してる(笑)みんな笑ってる、今でも(笑)
   お化けみたいって(笑)」




そして、続く第6弾シングル、7月14日発売の「ふるさと」では安倍がメインをとりました。

安倍「自分では、“やらなくちゃ”っていう気持ちが強くって…。なんか空回りしてました。
   でもあの曲で見つけられたことが沢山あったんで」


このP.V.ではメンバーの実のお母さんが出演。その思い出はとても楽しいものだったようです。しかし、このシングル発売直前に思わぬ重大事実が発覚。なんと鈴木あみが同じ日にシングルを発売するというのです。ASAYAN同期での同日直接対決が勃発することになったんです。発売直前に両者がスタジオに登場、そしてスタジオライヴ。非常に鈴木あみを気にしていた娘達、そして一方の鈴木あみは気にせずリラックス。運命の女神が振り向いたのは鈴木あみでした。娘の5位に対し、鈴木あみは初登場1位。しかも鈴木あみはミリオン達成だったんです。


そんな中、つんくからあの衝撃の発言が。そう、メンバー2人の増員の告知。99年9月9日に9人で、なんです。そして、この衝撃発表から2ヶ月後、追加候補メンバーのうち最年少(当時13歳)後藤真希が新メンバーに大決定。当初の予定を覆し、後藤ただ1人の採用という結果になりました。

 

こうして再び8人になった彼女達。
この後、大ばく進するモーニング娘。
その模様は次週お伝えします!!
後藤真希加入後の知られざる真実が明らかに!!!

 


 


12月10日に写真集「ナッチ」を発売した安倍なつみ。彼女は今、灼熱の島サイパンで某CMの撮影真っ最中。そう、ソロ写真集に続き、ソロでのCM出演が大決定したんです。“モーニング娘。”の活動と並行してソロでの活動も増えてきた彼女。

安倍なつみの今後に大期待です!!!





Hello! Project
ハッピーニューイヤー2000

追加公演大決定!!

日時:
2000年1月3日(月) 開演:12時
     1月4日(火) 開演:19時
場所:
中野サンプラザ




安倍なつみソロ写真集
「ナッチ」(定価:2625円)
(撮影:野村誠一 文:安倍なつみ)

12月10日発売です!
プッチモニ 1stシングル
「ちょこっとLOVE」
オリコン初登場ランキングは第1位!!

好評発売中です!

タンポポ 4thシングル
「聖なる鐘がひびく夜」
オリコン初登場ランキングは第2位!!

好評発売中です!

8thシングル
「恋のダンスサイト」

2000年1月26日発売!


新メンバー後藤真希が加わった“モーニング娘。”の第7弾シングル
『LOVEマシーン』好評発売中!!
ついにミリオン達成!!

プロモーションビデオも¥1020(税込)で 発売中!!

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バックナンバー
(後藤真希追加までの軌跡を追加しました)


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