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| (K-POP/INDEX.HTMLより続く)
K-POP歌手の実力という話をするには、少し説明が必要になる。 K-POPの場合、歌の下手な歌手は事実上、存在しないと考えてもらってよい。 #ちなみに、歌の下手な歌手なるものが成立するのはフランスと日本くらいだろう、、、 K-POPファンのサイトなどで、ナラちゃんなどのアイドル歌手を実力派として扱うサイトは少ないと思うが、これは彼女たちの歌が下手ということを意味するわけではない。 K-POPの文脈で実力派という時は、それはとてつもなく上手い歌手、圧倒的な歌唱力を持つ歌手のことを指す。どれくらい圧倒的かと言うと、あのMISIAですら凡庸な歌手に思えてしまうくらいの歌唱力があって初めて、実力派の称号を得ることができるのだ。 ただ、この場合、圧倒的な歌唱力とは往々にして、太い声、豊かな声量、それをコントロールできるテクニックの三位一体を意味する。しかし、そればかりが上手い歌手の条件ではあるまい。というか、良い歌手の条件は少し違ったところにあると思う。 僕が歌手を評価するポイントはまず声質である。聴く者に何かを想起させる声の持ち主でなければ、いくら声量があろうが、テクニックがあろうがダメ。実際、世の中には、圧倒的に上手いが何の印象も残さない声の持ち主というのも多いのだ。声に表情があったり、官能を刺激したり、なんらかの感情を想起させる声でなければ優れた歌手とは言えないと考えている。 チャン・ナラの声は甘い。少し鼻にかかった、人を切なくさせる声である。そんな声でメジャー・キーのバラッドを歌えば、聴く者を幸福感で満たしてくれるし、マイナー・キーのバラッドを歌えば、あまりに切なくてウルウルきてしまう。 第1集(1st album)の中に「Promise」という男性とのデュエット曲があって、これも甘く切ない曲なのだが、どのように切ないかというと、恋とか愛とかという次元を越えた魂の結びつきとでもいえる深い関係の二人がいて、でも、なんらかの事情で別れなければならなくなったけれど、二人で過ごした時間を今でも、これからもずっと誇りに思って生きていく、そんな決意をpromiseという言葉に託した、毅然とした切なさである。 僕は韓国語はまったく分からないので、この曲の歌詞も分からない。上記の感想は、単に曲を聴いただけで僕が勝手に想像している世界なのだが、ようするに、カワイイ顔して大人のバラッドを歌える歌手、それがチャン・ナラなのだ。 韓国には優れたバラッド歌手が多いが、たとえばバラッドの女王と称されるイ・スヨンという歌手がいる。彼女とチャン・ナラを比べた場合、身も心も引き裂かれるような切実さという点ではイ・スヨンの表現力が勝っているが、チャン・ナラにはイ・スヨンには無い甘美さという要素がある。恋をしたり、誰かを愛したりする時に、胸を締めつけるあの甘さである。これほどに甘く切ない声は、韓国にも日本にもそうないと思う。ナラちゃんを見ていてハッピーな気持ちになれるのは、その明るいキャラクターだけに拠るものではない。あの声が幸福感を満たしてくれる。歌を聴くだけで甘く切ない気持ちになれる。それはアイドル歌手の正統的な条件である。ドラマや映画やCFでどれだけ活躍しても、ナラちゃんはやっぱり歌手なのだと僕が思うのは、そういう理由からなのだ。 (2003.6.25 asayan.com 池内仁) |