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Hello!Project 2008 Winter 〜決定!ハロ☆プロ アワード

  Hello!Project 2008 Winter 〜決定!ハロ☆プロ アワード モー。虎会 2008/01/28 01:28:20 
  お疲れさまでした♪【バレあり】 めぐりあい宇宙@こんぎょめ組。 2008/01/28 06:42:59 
  こんにちは(ネタばれにご注意)。 小父 2008/01/28 13:58:14  (修正4回)
  こんにちは。(バレあり) イヌタカ 2008/01/28 15:39:01  (修正15回)
Re: Hello!Project 2008 Winter 〜決定!ハロ☆プロ アワード [返事を書く]
こんにちは。(バレあり)

昨日(27日)の昼夜2回、見させて頂きました。
今回は、私としてはかなりの決意を込めた参戦でした。
それが終わった今、体の節々に余韻が残ってますけど、心の中は
これ以上にない充実感で一杯です。
上の小父さんとテイストがかなり似かよるかもしれませんが(笑)、
感想を書きたいと思います。

まず、ハロー!プロジェクトをめぐる昨年の一連の騒動を経て、
私が正直に思った事について説明させて頂きます。
それは、「もう今までのような自由気ままな応援の
仕方には限界があるんじゃないか?」
という事です。
特に、
@私的には事実上の「同期」である辻ちゃんや、彼女の教育係
でもあった圭織が「デキ婚」してしまった事
A私にとっては「妹」みたいな存在だったミキティがリーダー就任
26日で脱退してしまった事
そして、
B初めて、ASAYANから知った娘。のごっちんがハロプロをやめてしまった事
―この3つの出来事を通して、私は自分の「限界」というものを
初めて感じました。そして、このASA板でも3135Pで書きましたが、
「何としてでも、自分に対してケジメをつけたい!!」
と正直、思うようになりました。
しかし、その「ケジメ」のつけ方と一口に言っても、相手が
「歌い手さん」「芸能人」である以上、
自分1人では絶対出来ないもので、自分にとってはそれでよくても、
安易にそれをやれば、後で絶対に禍根を残すことは明らかで、
そのためには、やはり「ライブ」という場が一番相応しい、
との思いがありました。

じゃあ、ハロプロでそれが出来るのは何時・何処なのか?というのが次の関門でした。
個人的には、地元・関西では出来ませんでした。
確かに裕ちゃんこそ大阪城ホールで娘。を卒業されましたが、
あれは今にして思えば裕ちゃんだからこそやれたものであり
(同じオリメンの石黒さんも大阪で卒業されてますが、当時は
ハロプロにはいなかったので正直、その辺の印象は薄いんです)、
「一ファン」である自分ではやはり単なる「自己満足」になってしまう、
そう思いました。

それなら、横浜アリーナでのハロコンしかありませんでした。
横アリは娘。・ハロプロにとっては常に歴史のターニングポイントに
なった場所であり、余り予算も組めない私にとっても「日帰り可能」という意味では
存在が大きい場所でした。
そして、昨年の「集結!10th Anniversary」のDVDでふつつかながら、
ハロー!プロジェクトが「Hello!」として始まったのが、
1998年1月26日だった、という事を初めて知りました。
そして、娘。がメジャーデビューしたのはその2日後・98年1月28日でした。
そういうのを思うとき、私は自分の中で、
「自分の中でケジメをつけられるのは横アリしかない!!」
と確信しました。
既にDVDを見たときから「来年(今年)は正真正銘の10周年になるから、
ぜひとも行かせて頂きたいものだ」とは思っていましたが、
昨年のドタバタ劇を通し、その思いは確固たるものに変わっていきました。
しかも、それは「最終公演」でないとどうしてもダメだったんです。

なぜか?
確かに、「一番最後だから」というのもあります。
でも私にとっては、それ以上の理由があったんです。
それは3年前、圭織の卒コンに参戦した時のことでした(2986P参照)。
あの時も昨年と全く似た状況で、私はあの時、初めて「卒コン行きたい!!」と思いました。
もし、先の裕ちゃんの時に「最終」を選んでいたなら特に感じたりはしなかったでしょうが、
それまでずっと「遠いから」と思って避けてきた「卒コン」を、初めて見たいと思ったのは、
「オリメンが娘。にいなくなるから」という動機からでした。
もし、私が普通にASAYANを見れていたならば、たとえダメもとでも
もっと早く誰かの卒コンにエントリーし、見れていたかもしれないし、
娘。の事もあんな入り方をせずにもっと早くから応援出来ていたかもしれません。
でも、自分はずっとそれが出来ませんでした。

そして、裕ちゃんの時は「1日違い」になり、圭織の時も「昼公演」という事に
なってしまいました。
それでもFCチケを手に出来た時はとても嬉しかったんですが、
その直後になっちの5年越しの「盗作」が発覚し、それがマスコミに
大々的に報じられてしまい、あの時は水を差されたどころかものスゴく
ムカついてしまいました。
一度はなっちのCDの殆どを捨ててしまい、その状況の中で私は
横アリに行ったんです(当時はASA板では明るく振舞っていましたが、
正直、こんな気持ち、こんな状況でした)。
でも手に持っていたのは「昼」のチケットだけでした。
なので「昼」が終わると自分の中で物凄く後ろ髪を引かれる気持ちになりました。
当時も書いたんですが、あの時はダフ屋さんから3万円でチケ買おうとまで
思い、実際に1万5千円まで払ったほどでした。
でも当時の私はそんな気持ちを心の奥にしまいこみ、とても悔しい気持ちで
帰ってきました。
だから、どうしても「最終公演」でないと自分の気持ちにケリをつけることが
出来なかったんです。

それから3年…。
ようやくあの時のリベンジが出来る状況が整いました。
私にとっては、本当に「人生の大一番」でした。
それでは、ここから本題に移りたいと思います。

1月27日午前7時に自宅を出発し、7時20分西明石発のこだまに乗車しました。
ちなみに、そのこだまは今年11月で引退する0系でした。
そして新神戸でのぞみに乗り換え、10時10分に新横浜に着きました。
3年前はもう一つ後のこだまに乗り、新神戸で15分待ってのぞみに
乗り換え、新横浜到着後は「ただそれだけ」だったんですが、
それから3年連続で上京していくと、やはり自分の中にもそれなりの
「テクニック」というのが出来るもので、今回は新横浜から
横浜線に乗り換えました。そして横浜駅でSuicaを買い(今まで、
ICOCAは持ってましたがSuicaは持ってませんでした。でもやっぱり
Suicaは買おうと思い、ようやく購入しました)、生まれて初めて
グリーン車に乗って(もちろん、Suicaグリーン券で)、一度渋谷のハロショに行きました。
そこで取り敢えず時間を潰し、東急東横線から菊名経由で新横浜に戻り、
横アリに着いたのは午後1時前でした。そしてグッズ売り場に並び、
入場したのは開演の実に数分前でした。

昼公演はセンター席で見ました。
前のページでツリーを立てて「昼と夜はどう違いますか?」と質問したら、
「昼は様子見で夜本番」と答えた方がいましたが、実際は昼から
アツいステージが展開されました。
エッグ達から始まり、途中で全員が登場するラブマに始まる約2時間の
「ハロ☆プロ アワード」なんですが、つんく♂さんが今年のワンダ・エルダまで
1年間のハロプロメンバーの活動を評価して各賞を決める、というコンセプトも、
なかなか面白くていいと思いました。自分的にも初めてライブで見聞きする曲も多く
(娘。だけでも「みかん」はもちろんですが、「青空がいつまでも続くような未来であれ!」や
「ラヴ&ピィ〜ス!HEROがやって来たっ。」といった盛り上がれる曲も、
DVDでしか見たことなかった訳で…)、
「オレもライブでやれてるんや」と思うと正直、嬉しかったです。
一度はライブで見・聞き・唄いたいと思ってましたから…。

でも、やっぱり「みかん」は感動モノでした。フルでやってくれたのも
嬉しかったんですが(℃−uteの「都会っ子 純情」は削られていただけに)、
一番見たい曲だったので…。
何よりもステージと席との近いことは特筆すべきことで、
そこから生まれる一体感の中で聴くのはやはり、何物にも替えられない
魅力があると感じました。あのステージの形態は良く考えられて
いいと思います。

後、べリキューのキッズ勢は本当に成長したな、と思わされました。
私がキッズ勢を見たのは2年半ぶりで、あの頃ベリーズは既に
「♪スッペシャル ジェネレ〜ション」唄ってましたけど、
℃−uteはまだ名前だけしかなかった時代でした。
でもそれから2年半の間に両者とも先輩達に負けてない位光り輝く
存在になりましたよね。スペジェネも2年半前はついていけてない
所もありましたが、27日は完全についていけましたし、
Buono!もアテナもそれぞれの味が出ていて良かったです(まだ両者とも
発売前、特にBuono!は横アリで初めて見ましたが)。
正直、ハロプロはまだまだ捨てたもんじゃないなと思います。

そして、3年前は内心「悔し涙 ぽろり」だった夜の最終公演が
やって来ました。私の席はアリーナ席の14列目で、ずっと真正面に
メインステージが見える場所でした。
私は2年前、ハロプロで初めて「ツアーファイナル」というものを
見ましたが(ごっちんの秋コン)、やっぱり最終公演は否応なく盛り上がるもので、
しかも私の場合、これが正真正銘の「ラスト」だっただけに、
これ以上ない程に声を出し、唄いました。
でも、そこで感動したのはやっぱり、なっちの涙でした。
娘。のメジャーデビュー10周年の前夜ということもあり、裕ちゃんが
そのことに触れるとなっちは感極まり、泣いたようにも見えました。
会場からは、大「なっちコール」が起きました。
それを見て私もものすごい感慨を覚えました。
同じ横アリだったなっちの卒コンの時にはエントリーさえしなかった自分、
1年後の圭織の時にはものすごい後ろ髪を引かれた自分が、
更にそれから3年後に、ファイナルの場でこんな光景を見ているだけでも、
最高の気持ちになれました。
3年前はあんな状況だったので、今回は一番、なっちにそこにいて欲しかったんです。
やっぱり、彼女の存在というのは余りにも大きいですから…。
正にこれ以上ない、最高の「ケジメのつけ方」になりました。
そして、「ALL FOR ONE&ONE FOR ALL!」でライブは幕を閉じました。
最後の最後に裕ちゃんとなっちが抱き合った姿、あれはもうずっと
忘れることはないと思います。

その後私は、午後8時49分ののぞみに乗り、新神戸で最終の姫路行き
「ひかり」に乗り換えて、11時38分西明石着。28日午前0時前に無事、帰宅しました。

さて、この場をお借りして、私からも恐縮ですがご報告させて頂きます。
横アリに昼夜参戦出来たことは、自分にとっては本当に最高の
「ケジメ」をつけられたと思います。そして娘。も10周年を
迎えました。これをいい機会として今後、私は第一線の現場から
身を引かせて貰います。
私が初めてアーティストのライブを見てから干支一回り以上経ちました。
娘。の事を知るまでの私は「16歳の恋なんて」の歌詞ではないですが、
コロコロと好みが変わり続け、誰か特定のアーティストをここまで好きになることは
正直、ありませんでした。
でも、娘。が、ハロー!プロジェクトが全てを変えました。
今では私の手元にあるCD・DVDの実に80%以上がハロプロ絡みになり、
関連アーティストまで入れると実に85%以上にもなるところまで
行き着くに至りました。
この状況になり、冒頭でも書きましたがこれからは、「接し方」
というものを変えたいと思います。
なので今後は、1人のFC会員としてハロー!プロジェクトを見守り続けたいと
思います。そしてもちろん、ASA板にも書き込みを続けて行きたいと思います。
本当に、こんな私に「ケジメ」をつけさせてくれたことについて、
今はただただ感謝の気持ちで一杯です。

本当に、どうもありがとうございましたm(__)m
そしてこれからも、どうぞよろしくお願いしますm(__)m
** この記事は15回修正されてます イヌタカ <yugisezxfn> 2008/01/28 15:39:01 [ノートメニュー]
  新聞記事 マルジャン 2008/01/28 21:37:47 
  大きいお姉さんが小さかった ヘパリン 2008/01/28 21:38:51 
  【バレ】27日昼夜参加しました。 モー。虎会 2008/01/28 23:52:30 
  セットリスト 笠戸 2008/01/29 21:31:20  (修正1回)
   └お疲れ様でした♪ 笠戸 2008/01/30 01:26:55  (修正2回)

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